―多分、僕にとって君は不必要なんだろう。
 その逆もまた、然りで。






暖炉の中に、炎が煌いている。
木造の小さな小屋。窓はなく、家具も特に置いてあるわけではなく、ただベッドが隅に一つと、真ん中にテーブルが一つと、あとは椅子が二つ。そして暖炉がある。
部屋の中は、暖炉の炎のおかげでとても暖かかった。
白は椅子に腰をかけ、時折紅茶を飲みながら本を読んでいる。白は栞を持ち合わせていないので、こ
ういう落ち着けるときに一気に読んでしまおうと集中していた。本のページはもう残り少しというところ。
白は一つ息をついて、ティーカップに指をかけた。それを見て、隣にいた黒がつまらなさそうに言う。
「ねぇ、それおもしろいの?」
言いながら覗き込むようにして本と白とを見やる。
大方、自分が本を読むばかりで構ってくれないものだから、寂しくなっているんだろう。そう思うと少し可愛らしくも思えたが、今は読書を邪魔されたくなかった。
白はティーカップを置いて、また本に目を通す。
「そうねぇ。そんなに面白くはないわ」
そう言ってまた本に集中し始めた白を見ながら、黒はまたぷーっと頬を膨らませた。
白の、その真白なワンピースの端っこに触れる。
「じゃあなんで読んでるの」
「理由なんて要るのかしら?」
一蹴され、黒は一瞬ひるんだ。ベッドに腰掛け、そのまま横たわる。
ぎし、と軋んだベッドに少し卑猥な感覚を覚えながらも、黒はまたつまらなさそうに、本を読む白の背中を見つめていた。
白はそんな黒のことはまったく気にせず、本を読み続けている。文字が汚れていて読みづらいところもあったが、それは脳内で補完していった。
また一つページをめくりながら、片手でティーカップを口へ運ぶ。
そんな白を見て、退屈なのか寂しいのか黒はまた立ち上がり、白の隣にしゃがんだ。
そうしてまた本を覗き込む。
「ねぇ、それどんなお話なの?」
興味と退屈五分五分の表情を見せる黒に白は、黒のものとは別の、つまらなさそうな顔をした。
「男の子と女の子が居てね。女の子は男の子のことが好きなの」
読んだ話の内容を思い出しながら、簡潔にまとめて答える。ちらと黒の表情を見ると、少し興味の色のほうが濃くなってきたように見えた。
白は続ける。
「男の子は静かなのが好きなんだけど、女の子は元気いっぱいなの。それで、男の子も付き合ってあげてたんだけど、ある日女の子があまりにはしゃぐものだから、男の子は怒っちゃったの」
言いながら、白は何も思っていなかった。ただ、少しだけ哀れみの感情があったと思う。
黒はだんだんと興味を持ち始めたようだが、白はまた本に集中した。まだ続きが話せないことはないのだが、いい加減本に集中したい。
しかし黒はそんな白に構おうとする。
「ねぇねぇ、それでどうなったの?」
本の文字を頭に叩き込みながらも、白はその声に反応して、ちらと黒の顔を見た。それが仇となった。
白は期待に輝く黒の瞳に負け、ため息をつきながらも口を開けた。
「そのまま二人間に溝が出来てね。女の子は男の子に話しかけなくなって、逆も然り。でも、二人とも嫌いあってる訳じゃないの。ただ意地を張ってしまって仲直りできなかったのよ」
「それでそれで?」
明らかに迷惑そうな目を黒に向け、またため息をついて続きを言う。
「ある日、女の子は自分を責めて自殺するの。それでようやく男の子は後悔する」
哀れだと思う。すぐに仲直り出来ただろうに。その一言がないために、女の子は自分の命を抉り取ってしまった。とは言っても女の子に同情しているわけではない。別にどうでもいいことだった。
それより今は黒の邪魔を阻止するのが先だ。白は今度こそ視線を本に釘付け、冷たく言い放った。
「まだここまでしか読んでないし、もういいかしら」
「んー…。じゃあ私も読むっ」
そう言って黒は白の膝に座ろうとする。
…いい加減にしてくれないだろうか。
「どいて。邪魔しないで」
白は左手に本を持ったまま、右腕で黒を押しのけた。バランスを失って、黒が木の床に倒れこむ。
いたた、と足を押さえる黒を尻目に、白は本に視線を戻した。
そんな白に、黒はその大きな瞳を細めた。
「白ちゃんのばかっ…」
「……」
白は黙ったまま答えない。
黒は白の横顔を睨みつけたまま、ゆっくりと立ち上がった。手を爪が食い込むほどに握りしめ、歯を食いしばって、憤りをこらえていた。
しかし白は嘲るようにそれを無視したまま、本の文字を辿っている。
そんな白を見て、黒は荒い息をひとつ吐いたあと、白の体に飛びついた。椅子がぎしと音を立てて揺れ、同時に二人の体も倒れるほどに揺らいだ。
「〜っ」
黙ったまま、白の体にしがみついて離さない。
白はひとつ舌打ちし、黒の体を押しのけようとする。しかし黒は頑として腕を離そうとはしなかった。
「どいて」
「やだっ」
黒の、白を抱く力が強くなる。白は本を離さないようにしながらも、黒をどかそうと腕を動かした。
しかしその腕は黒に抑えられた。白は本を手放さない以上、身動きの取れない状態になる。
白は一瞬怯えるように目を見開いて、すぐにいつも通りの綺麗な目になった。
そうして冷たく言う。
「離して」
横目に黒を睨みつける。しかし黒はその瞳を見ていなかった。
白が腕を振り解こうとする。その腕を抑えつけ、黒は右腕を白の頭の後ろへと回した。指に絡んだ髪は恐ろしいほどに軽く、冷たかった。
黒が、身を乗り出して右腕を寄せた。
「ー…っ」
舌が、温度のない白の口内をもてあそぶ。あまりに甘いその唇に、黒は少しばかり震えを感じた。
一秒、また一秒と時間が過ぎる。黒は右腕で白の頭を抑えつけたまま、白の唇を離さない。身動きの取れない白はされるがまま。時折びくりと腰を揺らし、喘ぐように息をもらした。それを聞いて黒は唾液がこぼれるのも気にせず、腕を白の足へと伸ばす。
指が触れた瞬間、白は跳ねるように黒を押しのけた。また黒が床に倒れこむ。
次の瞬間、轟音が響いた。白が読んでいた本を机に叩きつけたのだ。
そうして息を荒げ、狂ったように叫ぶ。
「いい加減にして!!」
鬼のような目で黒を睨みつける。黒は青ざめた顔で体を震わせた。
「もういいでしょう!? ここから出てって!!」
肩まで使って息を荒げる白に、黒はまた目を細めた。
立ち上がりながら白の肩を掴む。その瞳からは涙がちらついていた。
かすれるような声で言う。
「やだよ…白ちゃんと居たいもん…」
うつむいたまま呟いた黒に、白は冷たく言い放った。
「私は貴女とは居たくないの。貴女なんて要らないのよ」


白の体が揺れた。
その瞬間か否か、小屋の中には黒は居なくなっていた。
細めていて痛んだ目で見てみれば、扉が開いて外の景色が覗いている。
白は未だ荒い息を落ち着かせながら、酷く後悔と悦を感じていた。
ゆっくりと椅子に腰をかける。そうしてまた本を開いて、文字を辿った。
ただ、一つだけ不思議な事がある。

何故かそのページから、読めない文字が何倍にも増えた。





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